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最高裁判所第二小法廷 昭和36年(オ)28号 判決 1964年6月19日

上告人

門田哲郎

右訴訟代理人弁護士

阿河準一

被上告人

岡崎のし

主文

本件上告を棄却する。

理由

上告代理人阿河準一の上告理由第一点について。

借家法の適用ある建物賃貸借については、昭和一六年法律第五六号による同法の改正により第一条の二が創設され、賃貸借の解約申入につき正当事由の存在を必要とすることになつたので、右改正により、建物賃貸借の解約申入に制限が加えられたことは否定できない。しかし期間の定めのない建物賃貸借は、「正当事由」さえ存在すれば何時でも解約申入によりこれを終了させることができるのであつて、期間の到来まで解約の余地のない長期賃貸借(民法第六〇二条の期間をこえる賃貸借)とは異なるから、前記借家法の改正後においても、期間の定めのない建物賃貸借は民法第三九五条の短期賃貸借に該当すると解するのが相当である(大判・昭和一二年(オ)八五九号、同年七月一〇日判決、民集一六巻一二〇九頁参照)。けだし、かく解しても、抵当権の実行により建物を競落した者が賃貸借の解約申入を為す場合においては、民法第三九五条の短期賃貸借制度の趣旨は、前記「正当事由」の存在を認定する上において極めて有力な資料とすべきであるから、前記のように解しても抵当権の不当な犠牲において賃借権を保護することにはならないからである。そして、賃貸借の登記がなくても、賃貸家屋の引渡がなされた以上、右賃貸借をもつて抵当権者(競落人)に対抗しうると解するのが相当であるから(前掲判決参照)、本件建物賃貸借が民法第三九五条の短期賃貸借にあたるとした原審の判断は正当である。所論は、独自の見解に立つて原判決を非難するに帰し、採用できない。

同第二点について。

本件建物賃貸借が民法第三九五条の短期賃貸借に該当し、従つて、右賃貸借を抵当権者(競落人)に対抗しうると解する以上、競落人たる上告人は、競落による所有権移転とともに、右賃貸借の賃貸人たる地位を承継するのであるから、旧賃貸人に差入れられた敷金に関する法律関係は、旧賃貸人に対する賃料の延滞のないかぎり、前記賃貸人たる地位の承継とともに、当然、旧賃貸人から上告人に移転すると解するのが相当であり、所論のごとく、敷金返還請求権のみ競落人に承継されないと解するのは正当でない。原判決に所論の違法はなく、所論は、独自の見解に立つて原判決を非難するに帰し、採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官奥野健一の意見ある外、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官奥野健一の意見は次のとおりである。

民法三九五条は、同法六〇二条の期間を超えざる短期の賃貸借に限り、抵当権の登記後に登記されたものであつても、抵当権者に対抵し得る旨を規定する。そして、所謂期間の定めのない賃貸借が右の短期の賃貸借に該当するか否かは、一律に断ずることはできない。けだし、期間の定めのない賃貸借でも、右六〇二条の期間を超える場合もあり、然らざる場合もあり得るからである。また、期間の定めのない賃貸借は当初より右六〇二条の期間を超ゆる期間を定めた賃貸借でないから、所謂長期の賃貸借に当らないことはいうまでもない。そこで期間の定めのない賃貸借は少なくとも、右六〇二条の期間の限度においては右三九五条に定める所謂短期の賃貸借として抵当権者に対抗せしめても、右三九五条の趣旨に反するものとはいえないから、その範囲において期間の定めのない賃貸借は、右三九五条に定める短期の賃貸借に当るものと解するのが相当である。若し苟も期間の定めのない賃貸借であれば右六〇二条の期間経過後でもすべて右の所謂短期の賃貸借に該当すると解することは、結果において民法六〇二条の期間を超える長期の賃貸借を抵当権者に対抗せしめることになるから、右三九五条の趣旨に反することになり、不当である。

本件家屋の賃貸借は、期間の定めのない賃貸借であるが、民法六〇二条の三年の期間経過前に当事者の合意解除により消滅したというのであるから、本件賃貸借は抵当権者及び競落人に対抗し得るものというべきである。従つて、原審の判断は結局正当であり、論旨は理由がない。

なお、昭和三五年(オ)第三四五号、昭和三七年七月二〇日第二小法廷判決(最高裁判所裁判集民事六一号七一一頁)における私の補足意見を引用する。(裁判長裁判官奥野健一 裁判官山田作之助 城戸芳彦 石田和外)

上告理由阿河準一の上告理由

第一点 原判決は法令の解釈を誤つた違法がある。即ち、民法第三九五条の規定によれば抵当権登記後成立した賃貸借の効力については結局民法第六〇二条に定めた期間(所謂短期賃貸借)に限り抵当権者(従つて本件の場合には競落人たる上告人)に対抗することが出来るものとされているのであるから本件に於ては被告人は訴外安藤清から本件抵当権設定後、期間の定めなく賃借した事実については、原判決の認定する通りであるので、期間の定めのない賃貸借契約が、民法第三九五条にいわゆる短期賃貸借に当るかどうかの問題である。

原判決は、この点について期間の定めのない賃貸借は短期賃貸借に該当するとの判断に立つて判決を下したのであるが、これは民法第三九五条の規定の解釈を誤つたものというべきである。

即ち、少なくとも、借家法の適用ある賃貸借については、その解約申入には、厳重な制限があり(借家法一ノ二)しかも判例の最近の動向から見ても益々この制限を厳重にして、解約申入は著しく困難化している現実の状況から見て、賃貸借期間の定めのない場合を第三九五条にいわゆる短期賃貸借権に包含せしむるのは、民法第三九五条が抵当権者の権利保護の例外規定であり原則的には抵当権の登記後に登記せられたものである限りは、地上権たると永小作権であると賃借権であるとを問わず、抵当権の実行によつて、覆滅せられる原則に対する例外規定である法の趣旨を著しく逸脱するものと言わざるを得ない。

この点についての原判決は極めて簡単に六〇二条に定める期間を超えないものと断定しているが不当である。

第二点 例え第一点の主張が認められないとしても、民法第三九五条の規定は、公示方法の先後によつて権利の優先を決する民法の原則に対する殆んど唯一の例外として短期間の賃借権にかぎりその対抗力を認め価値権と利用権の調和をはかつた立法趣旨のものであると解せられる期間の定めのない賃貸借が例え短期賃貸借と同一の対抗力を抵当権者(競落人)に対して有するとしても、ひとり期間の定めのない賃貸借のみ無限に抵当権者に対する対抗力を有するものとすれば、極めて、均衡を失することとなるのであつて、短期賃貸借及び長期賃貸借との均衡上その賃貸借契約は契約中の期間の部合のみに限り而かも民法第六〇二条に定める期間のみに限つて対抗力を有するものと解釈するのが法の趣旨から見て当然であつて民法第三九五条、第六〇二条の規定の趣旨は借家人の当該家屋に関する使用収益権を生ぜしめる基本の契約(即ち借家期間、家賃等)のみに適用されるべきであつて、敷金の如き家屋所有者と借家人間の対人的な純債権的のものは含まないと解するのが妥当である。

それは短期の期間に限つて、その期間中賃借権を対抗することによつて、家屋に対する賃借権者のその期間中のみの権利の対抗が認められるだけであつて、前所有者に対する敷金返還請求権の如き迄賃借権者が抵当権者(競落人)に対抗することが出来ると解する如きは明らかに法の解釈を誤つているものと云わざるを得ないのである。

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